やめるという事 ~覚悟とか~

修正版アイキャッチ

こんばんは、千星華です。

DQ10の方はシロガネの協力バトルも終了したので、ようやく一段落ついた感じです。
年明けても、金策と竜の鱗完成ですぐ落ちるようになるでしょうね。
 
MHWアイスボーンもトレジャーハントがコンプリートしたので、ストーリーを進められるなあ。
(まあ勲章とか考えると、まだレア環境生物とかあるんだが……)
 
今年もあと少し。
年越しそばとミカン用意だ!!
 
明日は反省記事になるので、今日が今年最後の記事と言ってもいいかもしれませんね~。
そんな今日の内容は「やめる」事。
 
 

やめるのは

 
「やめたい」
 
これって誰もが思う事ですよね。仕事からゲームまで。
そう考えた場合、どうします?
 
すっぱりとやめるか、嘆きつつも続けるか、相手に全責任を押し付けるか。
 
厄介なのは、最後の責任押し付けですね。
「お前らが俺を慮らないと俺辞めちゃうよ~(チラッチラッ」な発言を繰り返したり、「クソだからみんなでやめよ~よ~(チラッチラッ」と学生のトイレ事情で巻き込もうとしたり。
どんな判断するにも結局自分一人で決める事なのだから、他者を巻き込んだり察せよ態度は人を不愉快にさせるでしょう。

難しい?

しかし、最初の選択である「すっぱりとやめる」と言うのは、結構大変です。

かく言う千星華も「〇〇をやめないとなあ」と思いつつも、ズルズルと続けてたりしてます。
(例 トロパズル)
依存症と切って捨てるのは簡単ですが、これは別の問題もあると思います。
 
何故なら、ソシャゲネトゲだと、解りやすい終了ラインがないので「どこでやめていいのか解らない」のが大変です。
 
ストーリーが一区切りついたら……と思っても、「〇月に第二部スタート!」など新展開が予告されるパターンもあり、これまた一区切り部分が遠くなります。
やめるのが大変と言うより、「やめどころを見つけるのが大変」な状態です。

覚悟と言うより

明確な終わりのない物に対し、必要なのは「どこでやめるかを自分自身でラインを引く」ことです。

 
誰かにそのラインを任せるのでなく、自分で決めるのが大事です。
 
「金使いすぎたから」「積みゲー増えすぎたから」程度の理由でもいいので、何かしらのラインを引いておけばすっぱりと止めやすいです。
自分の生活を見直せば、やめるラインが見えてくるでしょう。
 
ただ、「フレとトラブルを起こしたんで逃げたい」「運営のやり方がクソすぎるから金出したくない」という後ろ向きな理由は、別の所でも同じようなトラブルや不満を大量に抱え込みそうな気がしますねww

こだわりを捨てましょ

千星華だけだと思いますが(てか思いたいわこんなん)、「ここで〇〇を止めると、このままやらなくなってしまう…」という強迫観念も、止める事に対してブレーキをかけてしまいます。

実際、一旦休止のつもりがそのまま止めてしまうというパターンがあります(やめたい事をやめられてるから問題ないっちゃないのだが)。
 
止めるとやらなくなるのなら、それはそれで。
また別の何かの手が見つかるだろう。
 
そう考えられるようになったなら、少しはやめられるものがあるかも知れません。

実はね…

何故こんな事を書いたのか。

それには大きな理由があります。
 
 
来年は、このブログは毎日更新できなくなると思います。
 
 
アドセンス合格したのもあって、「とにかく記事を増やさないと」「閲覧者増やさないと」と考えて毎日記事を更新し続けてましたが、その毎日更新に拘り過ぎて肝心の記事の内容が薄かったな…と反省する事もありました。
来年は1~2日ぐらいのペースで更新しようと思います。
記事更新がなくても、リライトするなり文章追加するなりして改良してるはずです。
 
ブログ自体もまだ改善ポイントがあると思っているので、今後は大量の記事をまとめたりしつつさらに良いブログを目指したいと思います。
それではノシ